京から始める腎臓ノート

腎臓のことについて勉強したこと+α

原発性鎖骨下静脈血栓症 (Paget-Schroetter syndrome)

20代女性の料理人が仕事後に右手が腫れて来たと近医を受診。
仕事中は右手で鍋を振ることが長時間あると。
普段から右手が仕事後に張るようなことはあったが、その日は服がパンパンになるぐらいだった。
若干左手と比べて赤黒い色になっていたので、感染なども含めて精査加療のために当院に紹介となった。
 
来院時痛みもそれほど強くなく、発熱もなかった。
確かに右手が左手に比べて腫脹しており、色も若干赤い。
感染にしてはこれだけ右手全体に症状があったら流石に発熱や、ぐったりしていてもいいもんだが、いたって全身状態は元気であり感染らしさは無い。
 
比較的急な経過であり、静脈の閉塞やリンパ還流障害等を疑いエコーをしようと思ったがあいにく診察室のエコーは故障中。
5階まで駆け上がってエコーを取りに行ってもよいのだが(院内にエコーが少ないのです。。)、CTがすぐに撮れるということだったのでCTを撮影したところ上腕静脈〜鎖骨下静脈まで血栓による閉塞が見られた。
内服歴もなく、そのような素因もなし(採血で凝固系、プロテインC、Sの活性異常無し、APS等の膠原病検索も異常無し)
 
うーん、こんな事があるのだろうかと文献検索したところPaget-Schroetter syndromeが引っかかってきた。
こんな病気があるなんて、お恥ずかしいことだが知らなかったのでレビューを読んでみました。
 
2017,Cardiovasc Diagn Ther.7_S285 Paget-Schroetter syndrome/ treatment of venous thrombosis and outcomes
 
>その前に、発症に胸郭出口症候群(TOS)の存在が重要なようなので復習。
胸郭出口症候群(TOS)胸郭上口(胸骨上縁,第1肋骨,第1胸椎で囲まれる環状構造)から,鎖骨上窩,腋窩に広がる領域において,腕神経叢や鎖骨下動静脈が圧迫されることで生じる
圧迫される構造によって神経性95%、血管性(動脈性1% 静脈性4%)に分類される 

2021, 画像診断 41_555 胸郭出口症候群(図1)
 
疫学 病態生理
Paget-Schroetter症候群(PSS)は、一次性の「effort thrombosis」とも呼ばれ、鎖骨下静脈の圧迫と血栓の両方を伴う。
年間10万人あたり1〜2人の発症率で、静脈血栓症全体の1-4%を占めるまれな疾患。
30代前半の若くて健康な男性が最も多く発症する。
特にリスクが高いのは、野球選手、水泳選手、重量挙げ選手などのスポーツ選手や、機械工や電気工などの腕を頭上で繰り返し動かす労働者。
凝固障害が静脈性胸郭出口症候群(VTOS)のリスクを高めるかどうかは議論の余地があるが、特発性で非誘発性であるなら関与している可能性が高い。
PSSは、胸郭出口内の構造物と静脈系との間で繰り返される異常で激しい相互作用によって引き起こされると考えられる。
腕の外転により鎖骨角と第一肋骨の間の静脈が慢性的に圧迫されると、静脈内皮細胞の損傷、炎症、瘢痕化、そして潜在的血栓症を引き起こす。
VTOS患者の多くは、肋鎖靭帯がより外側に位置しており、鎖骨下静脈の圧迫を助長している。さらに、鎖骨下筋や前斜角筋など、この部位の筋肉の肥大も静脈の圧迫や損傷の原因となる。
 
臨床経過と診断
一般的に誘因となる出来事から24時間以内に発症し、上肢の過度の活動や脱水症状の既往がある。
上肢と胸部は痛み、うっ血し、チアノーゼを呈する。表在静脈が膨張しているように見えることがあり、時には腋窩血栓のある静脈を触知することもある。
 
>この患者さんも仕事後1時間以内に発症しました。
>脇の下にコリコリとしたものを触れ、リンパ節の腫脹ではないかと思っていたようです。
 
PSSは、肺塞栓症(PE)を合併することもある。
肺塞栓症PSSの合併率は20-30%と報告。
上肢深部静脈血栓症(DVT)の中でも、PEは上肢の二次性DVTで発生することが多い。全てのDVTを考慮すると、PEは上肢のDVTよりも下肢のDVTとの関連性が高い。
つまりPSSではPEのリスクは他のDVTの状態に比べて小さいが、可能性を考えておくことが重要。
 
診断:病歴と身体診察で行われ、画像診断で確認する。
duplex超音波検査は診断のゴールドスタンダード 感度、特異度ともに80〜100%と報告されている
カテーテルを用いた静脈造影は侵襲性や、コストの高さから臨床的な疑いが強く、非侵襲的な画像が不明瞭な症例に行う。
非典型的な症状やエコーが不明瞭な場合は周辺の解剖学的な構造を調べるためにCTやMRIを考慮する。
 
上肢DVTでは、血漿中のD-ダイマー濃度が上昇することがあるが、特異度は14~60%。
PSSは稀な疾患であるため、ルーチンのD-ダイマー検査に関するガイドラインは存在しない。
補助的な検査としては有用かもしれないが、確証的な検査としては推奨されない
 
上肢血栓症に対するルーチンの血液凝固性検査は推奨されない。しかし、患者が原因不明の血栓症や家族歴を有する場合には、凝固亢進に対する精査を行うべきである。
凝固亢進に対する検査には、 V因子ライデン変異とプロトロンビン(Factor IIG20210A変異(欧米白人の主要な先天性血栓性素因 日本人からは検出されていない)、アンチトロンビン、プロテインC、プロテインSの欠損などがある。
また、ループスアンチコアグラントスクリーニングや抗カルジオリピン抗体、抗β2グリコプロテイン抗体も、臨床管理に役立つ可能性がある。
 
>この患者さんでは凝固異常はありませんでした。
>また、ピルなどの内服、家族歴も見られませんでした。
 
腫瘍のスクリーニングに関してはルーチンには推奨されない。下肢DVTの時と同様の推奨。
年齢や性別に応じて考える。
 
治療:閉塞による症状の緩和、DVTによる合併症の予防、再発の防止が軸となる。
 
抗凝固療法を開始するのが治療の第一段階。
PSSに特化したものではないが、2016年のCHEST Guideline and Expert Panel Report on antithrombotic therapy for VTE diseaseでは、VTE患者で癌がない場合、ビタミンK拮抗薬よりもダビガトラン、リバーロキサバン、アピキサバン、エドキサバンを推奨している。ビタミンK拮抗薬は、低分子ヘパリンよりも推奨されている。
 
PSSの治療に抗凝固療法単独で行うことは一般的に推奨されない。
血栓溶解療法や手術を含むより積極的なアプローチは、症状の消失や仕事への復帰などにおいて、抗凝固療法単独よりも優れている。
禁忌がなければ、少なくとも5日間の治療的抗凝固療法を行った後、静脈造影を行い、カテーテルによる血栓溶解療法を症状発現後2週間以内に行うことが最適である。
早期のカテーテルを用いた血栓溶解療法の成功率は75~84%と報告されている。
2週間以上経過した血栓の治療は、血栓が慢性化して血栓溶解療法の影響を受けにくいと考えられるため、成功率は低い。
症状が出てから2〜12週間後の血栓溶解療法の成功率は29%と報告している報告もある。
 
抗凝固療法や血栓溶解療法によって初期の症状が緩和されたにもかかわらず、最大で3分の1の患者に再血栓症が起こる可能性がある
そのため、手術の適応になる患者には胸郭出口減圧術が推奨される。
 
PSSに対する抗凝固療法の期間については、コンセンサスが得られていない。2016年のCHEST Guideline and Expert Panel Report on antithrombotic therapy for VTE diseaseでは、血栓溶解療法の介入に関わらず、あらゆる上肢DVT後に3ヶ月の治療コースを推奨している。
また、術後の静脈造影を用いた、よりカスタマイズされたアプローチも提案されている。
静脈の開存が確認された場合、それ以上の治療は必要なく、抗凝固療法を中止することができる。
しかし、持続的な狭窄や再血栓症が確認された場合は、抗凝固療法を継続し、6ヵ月間、月1回、duplex超音波検査を繰り返す。
過去には、持続的な狭窄や再血栓に対して、外科的血栓除去術、バルーン静脈形成術、ステント留置術などの追加措置が行われてきたが、成功率が低く、合併症発症率が高いことから、一般的に初期治療としては推奨されていない
 
HurlbertRutherfordによる病態に応じたアルゴリズムもありました。
(Hurlbert SN, Rutherford RB:Subclavian‒axillary vein thrombosis. Vascular Surgery, 5th ed, ed by Rutherford RB, WB Saunders, Philadelphia, p1208‒1219, 2000)
(2018,整形外科_69_1029 原発性鎖骨下静脈血栓症の1例)
 
診断確定後,カテーテル血栓溶解療法を行う。
血栓溶解成功の場合は引き続き静脈造影を行い
上肢外転位を含めて残存狭窄がなければ抗凝固療法のみ
上肢外転位で狭窄があれば第1肋骨切除
器質的な狭窄があれば第1肋骨切除+静脈形成を行う。
 
血栓溶解不成功の場合は
閉塞病変が短い症例では血栓摘除もしくはステントを留置し抗凝固療法を追加
閉塞病変が長い場合は抗凝固療法
症状が継続する場合は第1肋骨切除+静脈バイパス手術などの外科的介入を行う
 
①~③は鎖骨下静脈の血行の完全な再建を治療の目的としており、胸郭出口症候群が併存している場合には合わせてその治療も行うという考え方
④~⑥は症状の改善を治療の目的としており、ある程度の血流再開もしくは良好な側副血行路の発達が目標
 
ただ、鎖骨下静脈のステント留置に関してはステント破損や再閉塞の可能性があるため意見が別れている。
 
PSS治療後には血栓症後症候群(PTS)として知られる合併症が起こりうる。
これは痛み、重苦しさ、腫れを特徴として慢性的な衰弱状態に起こることがある。
頻度は上肢DVT患者の7-46%で二次性DVTよりも一次性DVTに多く見られる。
すべてのPTSを予防するのは難しいが、早期治療が患者の症状の改善と関係する。
 
PSSを診断して直ちに減圧術を行うことで90-95%の成功率を報告する物もあり、
他の研究でも同様の結果を報告されており早期の外科的減圧術が支持されている。
 
 
 
 
手術を行うかどうかはさておき、迅速な診断と治療が良好な予後を得るためには不可欠だと言うことがわかりました。
幸い今回は来院後すぐに血栓による閉塞とわかり症状が改善傾向だったので、DOAC内服を開始。各種検査を提出して凝固異常が無いことを確認してPSSと診断が付きました。
DOAC内服を先行して診断がついて1週間後にカテーテルにより血栓回収を行ってもらいました。カテーテル前には痛みや発赤もなくなり上腕静脈の血栓もエコーで消失を確認、軽度の腕の腫脹だけになっていましたが、鎖骨下静脈には思っていた以上にかなりの量の血栓が詰まっており、側副路を介して血流が戻っていってる所見でした。
PEのリスクや難治性になることなどを考えるともっと早期にカテーテル治療を行ってもらっていても良かったのかと反省。
 
今後血栓が完全に溶けてから肢位によって狭窄を来すかどうかを確認、胸郭出口症候群が確認できれば手術になるが、若年女性なので手術痕をつけてしまうのが躊躇される。
DOAC+生活指導を行い、妊娠中はヘパリン化するか。。
再発予防に関してはまだまだ御本人との相談が必要そうだ。